「寂聴訳 源氏物語 巻二」(紫式部/瀬戸内寂聴訳)

ストライクゾーンの広い男・光源氏

「寂聴訳 源氏物語 巻二」
(紫式部/瀬戸内寂聴訳)講談社文庫

瀬戸内源氏は、古文をまったく
感じさせないほどの現代語訳です。
初心者でも十分に理解できる
現代語訳です。
ただし、その分、平安の時代の
雅な雰囲気は
どうしても削がれてしまいます。
読み手は平安を離れて
現代に立ち戻ってしまうのが
瀬戸内訳の弱点かも知れません。
今日は、その「弱点」を逆手にとって、
光源氏を
現代に引き寄せて考えてみます。

瀬戸内源氏・巻二は、
「末摘花」から「花散里」までが
取り上げられています。
この部分は光源氏が
最もプレイボーイぶりを
発揮した部分でした。
注目したいのはその相手の女性です。

「末摘花」では、あろうことか美しくない
女性に手を出してしまいます。
「座高がいやに高くて、胴長」「象の鼻」
「あきれるばかり
高く長く伸びている上に、
先の方が少し垂れ下がって、
赤く色づいている(鼻)」
「額つきはむやみにおでこで広く」
「恐ろしく長いお顔立ち」と、
散々に描かれているのです。
作者の紫式部は女性なのに
よくここまで書けたと思いますが、
瀬戸内もまた女性なのに
よくここまで遠慮なく
詳細に訳すことができたと感心します。

続いて「紅葉賀」では、
まもなく還暦に手の届く老女・
典侍(ないしのすけ)と関係を持ちます。
この女性、
「家柄もよく、才気もあり、上品で、
人々から尊敬されている」けれども、
老いてなお「好色」であるという、
困った女性です。

さらに「葵」では、14,5歳の紫の上と
ついに関係を持つに至ります。
当時は珍しくはなかったのかも
しれませんが、
現代であれば青少年健全育成条例違反で
逮捕されます。

こうしてみると、光源氏は
単なるプレイボーイではないのです。
恐ろしくストライクゾーンの広い、
驚異的な男性ということになります。

このとき光源氏20~23歳、
今で言えば大学生です。
大学生が典侍を引き合いに出して
「俺、50代の女性が好みなんだよね」と
言おうものなら、
周囲から友だちが引いてしまいます。
また、紫の上とのことを持ち出して
「僕は中学生としか
つきあわないんだ」などと
ぬかそうものなら
警察のブラックリストに
載りかねません。
しかし、自分なりの明確な価値基準
(それは年齢や容姿に囚われない)を持ち、
それに則って差別なく女性と
交際できる人物であるならば、
私はキャパシティの広い男として
尊敬できると思うのです。

紫式部は物語を面白くするために
こうした交際を描いたのか、
それともそういう源氏のような男性を
理想としていたのか。
1000年経っても、まだ読者を
魅了しつづけるストーリーテラー・
紫式部、恐るべし。

※文学はそれが編まれた当時の視点で
 読み解くべきであり、
 現代に引き寄せて考えるのは
 邪道です。
 でも、そのような読み方も
 できてしまうのが
 源氏物語の懐の深さです。

(2020.4.4)

nikkoさんによる写真ACからの写真

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